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嫌いになりたい自分がいて 嫌いになれない自分がいる。 忘れたい自分がいて 忘れたくない自分もいる。 頭の中はリセットできたようでちっともリセットできていなく、グチャグチャな色のまま。 黒と白で塗りつぶされた感じ。 誰か俺に鬱ってるんじゃねぇっ!と渇を入れてください。 散々けなしてしまった校長の話しだが気になる命題が1つ。 「心は本当にあるのか」 心と体が別々に存在するか否かと言う話し。だから幽体離脱なんてワードも出たのだが。 心はあると思う。 ただそれは自分の中に存在するものではなく、誰かと接することで、つまり人間関係の中に生まれるのではないだろうか。 人間関係と言っても会話だけでなく、本を読むことは作者の意識に触れるわけだし、映画で感動することは監督や役者の思いを感じ取っているわけ。 要するに人と人との触れ合い。 誰かが不快な言葉をかけたり動作を行わなければ自分は『怒り』を覚えないだろうし、誰か相手がいなければ『好き』なんて感情もない。 あるゲームで言っていたお話し。 「生まれてから隔離され、十分な食料や物は与えられる。さて人と接することなくその子は生きられるか」 結果は栄養を取って十分なものを与えられたにも関わらずその子は死を迎える。 ただ与えられなかったのは『心』なだけ。 生まれた赤ちゃんが泣きわめくのはその声を聞いている私たちがいるからであって私たちがいなくなれば泣きやむかもしれない。 生まれてから誰とも接しなければ言葉を知らず、仮に知ったとしても相手がいない。 それってやっぱり『心』のないただの人形なんだろうね。 改めて他の人の有り難さを実感した。 私の『心』はあなたたちからいただいています。 とわけのわからないことをつらつらと書いて参りました。 自分の考えを書いたつもりですが誰かの影響を受けているかもしれませんね笑 そんな私は願書の締め切りが一週間きったことに絶句しております。 誰か助けて...金なi... |
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